ヤコブネットの活動

ヤコブネットの活動

調査

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日本のヤコブネットの今後の活動に多くの示唆

CJD英国調査(8月13-19日)報告

東洋大学社会学部  片平洌彦

同 大学院     松山順子

(1)2002年6月30日に設立された日本CJDサポートネットワーク(ヤコブネット)と東洋大学現代社会総合研究所(旧社会学研究所)等の物心両面からの支援のもとに、8月13日から19日にかけて、英国CJD サポートネットワークの中心的な役割を果たすソーシャルワーカーのジリアン・ターナー女史(とその家族)の多大な協力により、英国ロンドン聖メアリー大学病院のプリオン・クリニック、ロンドン大学病院の神経学研究所と小児保健研究所、ターナー女史のオフィス(ご自宅) 、そしてエジンバラ大学病院の国立 CJD 調査監視ユニットを訪問し、研究者・保健医療福祉従事者からの聞き取りと資料収集等を行いました。図書館と書店にも行き、文献・図書を収集しました。日程が詰まっていたので、聞き取りは事前にインターネットでターナー女史を通じて質問を提出し、それにお答えいただくことを中心に進めました。科学の最先端の高度な内容を含み、通訳は米国で心臓外科医の資格を持つ横須賀(ジョージ)先生(昨年11月・国立でのヤコブ病国際シンポジウムの通訳者)に日本から同行してもらい務めていただきました。

(2)プリオン・クリニック では、プリオン心理士のクラーレ・モリス女史と、CJD サポートネットワークのメンバーでもある専門臨床看護師のキャサリン・プラウト女史に、設立過程と目的、機関の役割、概況をはじめとし、最近行われている診断法、入院状況、CJD サポートネットワークとの連携、現在抱える問題などを聞き取りました。

1997年に設立されたこのクリニックでは、現在約5日間の入院により扁桃バイオプシー(最新の診断方法)検査を実施し、2名の神経内科医によって診断を行い、診断後は地元の病院に帰っていただくことを基本としていると説明されました。その際、各地より入院してくる患者とその付き添いの家族を精神的、経済的に継続してサポートする為、CJD  サポートネットワークとの連携は不可欠であるとのことです。

日本を含む外国の患者がこのクリニックを受診することは可能で、必要なら通訳も付ける用意があるが、病気の性質上、患者側でも付ききりの通訳をつけて欲しいとのことです。臨床試験については、キナクリンの予備試験などを行っているが、英国に居住していない外国人は、密接に監視できないので、被験者になるのは不可能とのことでした。

なお、変異型ヤコブ病(vCJD)の被害者のことを尋ねたところ、6家族が裁判を起こし、政府は刑事責任を問わない条件で賠償金を出したが、遺族は納得せず、謝罪と刑事責任を求めているとのことです。

(3)神経学研究所では診断検査等の研究に携わっているスーザン・ジョイナー女史がにこやかに出迎えてくれました(見習わないといけませんね!)。そして、診断のための検査、プリオン蛋白の不活化試験状況、vCJDとBSE(いわゆる狂牛病)の関連、各タイプのCJDの臨床診断の状況、扁桃バイオプシー等、主に医学的診断検査状況を御説明頂き、最新設備の案内をして頂きました。vCJDの影響により、英国政府から大学に資金が投入され、現在は、血液および脳組織を用いてのDNAの検査、分子レベルでの蛋白構造解明、プリオン蛋白と器械器具滅菌検査の研究などを中心に展開しているとのこと。

(4)小児保健研究所では、プリース教授(小児科医)に、設立過程と概況、現在の状況、ヒト成長ホルモン投与による薬害などについて聞き取りを行いました。この研究所は大学院大学に関連した子供病院であり、1968年~1985年までのヒト成長ホルモン投与患者約1900人のデータを管理しています。1985年に第1症例が発見され、その後患者が増えて裁判になり、1996年に英国政府の敗訴となって判決が確定しました。英国の場合、企業による精製生産ではなく、研究室レベルで精製された製剤が投与されたため問題が生じたと考えられているとのこと。1977年以降に治療を受けた患者および家族に対し賠償金の支払いが認められています(1977年以前は危険性が不明であったため認められていない)。賠償金は最低額12万ポンド、最高額30万ポンドが支払われており、介護をしている家族にも賠償金が支払われました。発症している患者に対しては、精神科医と神経内科医によるケアやカウンセリングが行われ、投与されて発症はしていないが不安を抱えている患者(英語でworried wellと言っていました)に対しても裁判で「恐怖の代償」への賠償が認められたが、額は不明ということでした。彼らも精神科医のカウンセリングなどのケアを受療できるシステムが形成されています。更に、1991年より患者の知る権利として、カルテ開示もされ問い合わせに対し病院は情報提供を行っています。

(5)国立 CJD 調査監視ユニットでは、所長でNHKの番組にも出たアイアンサイド教授直々の案内で、施設内の案内をしていただいた後、聞き取りを行いました。主な聞き取り内容は、設立趣旨、目的、概況、スタッフ構成、役割等です。訪問前に質問書を送っていたことより、10周年年報、vCJD・BSEに関する最新の論文、今後の研究計画書などを資料としていただきました。丁度日本から九州大学の堂浦克美助教授が来ていて、同席されました。しかし、ここでは、交通機関の遅延のため、短時間で帰途につかざるを得ませんでした。

(6)ターナー女史のお宅では、女史の活動を「現場」で拝見させて頂くと共に、CJD サポートネットワーク設立・構築過程の詳細、ケア体制の状況と役割、患者及び家族・介護者・各機関との連携、調整・世話役としての役割、事業・運営状況、経済的状況、組織機能発展過程と要因、利用状況、現在抱える諸問題など多岐にわたり聞き取りを行いました。アルツハイマー協会に併設しロンドンに事務局をおいていますが、24時間の相談体制を実現するために、自宅の一室を利用しており、エジンバラに同行された時は、車中で携帯電話で相談を受けるという状態でした。政府の資金助成、遺族および各企業・市民の寄付などを中心に、前記のような医療・研究機関と密接に連携をとりながら、常に最新の情報提供を行っている姿を目のあたりにしました。

電話相談は、各CJD患者、家族をはじめとし、発症を恐れ不安を抱えている人、各専門職、各機関、マスメディア等、英国にとどまらず欧米諸国、日本からも相談(電子メールでの相談を含む)があるということでした。患者および家族、介護者、各専門機関、専門職との連携及び関係性を成立発展させていく為の調整・世話役としての重要な役割が感じられ、患者及び家族を主体に多様なニーズに柔軟に応じる体制を実現する過程を実感させられました。組織が発展した経緯に関しては、“チャレンジ精神、尊敬の意をもっての関わり、最新かつ正確な知識の提供、ニーズの追求、マネージメント、連携”を強調されていました。

現在抱える課題としては、アルツハイマー協会の一部として活動を進めるか、それとも独立組織としてより専門性を高めていくかについて考案中であるということでした。ネットワーキング及び世話役を担う ターナー女史の偉大さと重要な役割を実感させられました。

以上、わずか5日間の「現地調査」でしたが、何人かの「中心人物」と知り合うことができ、ネットワークを一挙に国際的に広げる事が出来、日本のヤコブネットの今後の活動に多くの示唆を得ることができました。

(7)さらに、片平は16・17・19日に国立図書館と書店に日参し、多くの貴重な文献を入手しました。

国立図書館では、電子雑誌(エレクトリック・ジャーナル) という素晴らしいシステムがあり(もちろん日本でも可能ですが)、パソコンの検索で、一流論文が短時間でカラー印刷までできました。

ここでは、文献を分類した結果(括弧内は文献数)を記しておきます。

プリオン病に関する総説(3)、BSE(1)、vCJD(9)、疫学(17、欧州・オランダ・スロバキア・スイスを含む)、硬膜・角膜移植(4)、血液伝達の可否(4)、診断(3)、臨床(4)、治療・発症予防(1)、その他(2)。

なお、これらのうち「血液伝達の可否」については、感染した羊を用いた動物実験等から、「英国の病院では、6歳以下の子どもには米国から血液を買って使う」との報道が8月16日付けの新聞デーリーメイル,タイムズなどに大きく報道されました。『米国の血液』は、周知のように薬害エイズを世界に広めた「前科」がありますが、今度は大丈夫でしょうか?

はたして、帰国後9月になって、米国で大流行している西ナイル熱が、血液製剤や輸血で感染する可能性が報道され、私たちの心配が決して杞憂ではない事態になりました。英国では当然対策を取っていると思いますが、気掛かりです。この西ナイル熱対策は、日本でも緊急に必要と思われます。

ピカデリーサーカスのウォーターストーン書店ではCJDとBSEをキーワードに検索してもらい、1996年から2000年までに16の単行本が出ていることがわかりました。ところが、在庫は1種のみとのことで、それも売り切れらしく、入手できませんでした!

日本では、出発前に丸善で5冊も買えたのに、何と言う事でしょう? 注文はできるが、入荷までに2週間かかるというので、あきらめて他の本を買って帰りました。

以上、今回の英国調査の概要を記しました。

末筆ながら、遠路英国まで同行され、通訳及び医学的事項の解説の労を取っていただいた横須賀先生に深く感謝します。

最後に、今回の英国調査に多大なご支援を賜った日本のヤコブ病原告団・弁護団の皆様に厚く御礼申し上げます。